原口元気の父親・母親・兄弟は?嫁は?年俸推移2022は?

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サッカー日本代表の原口元気選手。現在はドイツ1部リーグのFCウニオン・ベルリンでプレーをしてます。

長い期間、日本代表や海外で活躍する原口選手とはどんな選手なのでしょうか。

原口選手の年俸や家族について見ていきましょう。

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目次

原口元気のプロフィールは?

原口元気のプロフィールはこちらです。

本名・愛称:原口元気(はらぐちげんき)・げんき
生年月日:1991年5月9日
年齢:31歳(2022年11月 現在)
出身地:埼玉県熊谷市
血液型:O型
身長 :177cm
所属クラブ:FCウニオン・ベルリン(ドイツ1部)
公式インスタ:https://www.instagram.com/haraguchi_genki_official/?hl=ja
公式ツィッター:https://twitter.com/haragen24

原口元気の年俸推移は?

海外で長く活躍する原口選手の年俸推移を見ていきましょう。

  • 2009年 浦和レッズ 360万
  • 2010年 浦和レッズ 600万
  • 2011年 浦和レッズ 700万
  • 2012年 浦和レッズ 1000万
  • 2013年 浦和レッズ 1500万
  • 2014年 ヘルタ・ベルリン 2500万
  • 2015年 ヘルタ・ベルリン 8000万
  • 2016年 ヘルタ・ベルリン 7800万
  • 2017年 ヘルタ・ベルリン 9300万
  • 2018年 デェッセドルフ 9300万
  • 2019年 ハノーファー 2億
  • 2020年 ハノーファー 2億
  • 2021年 ハノーファー 2億2000万
  • 2021年 ウニオン・ベルリン 1億1300万 ※シーズン途中に移籍
  • 2022年 ウニオン・ベルリン 1億1300万

原口選手は、2019年に高校2年生で浦和レッズとプロ契約を結び、5シーズンに渡り活躍しました。2011年のキリンカップのベトナム戦で日本代表初出場しています。

その後、2014年にドイツのヘルタ・ベルリンへ移籍し、怪我とも戦いながら4年程過ごします。

2018年に出場機会を求めてデェッセドルフへレンタル移籍を経てハノーファーへ完全移籍します。この時の年俸は2億円に到達し、ドイツで高い評価を受けていたことがわかります。

2021年のウニオン・ベルリンではリーグ戦30試合出場、2ゴール6アシストを記録しました。チームも5位で史上初めてUEFAヨーロッパリーグの出場権を獲得しました。

年々進化して、ドイツで評価され続けていることが印象的です。

原口元気の結婚相手は?

2015年、フリーアナウンサーの香屋 ルリコさんと入籍しました。原口選手の6歳年上です。

翌年の夫人の実家の神社で挙式を挙げています。

香屋 ルリコさんは2016年まで芸能事務所に所属し、タレント・フリーアナウンサーとして活動。Eテレの「テレビスポーツ教室」の司会やフジテレビONEの「プロ野球ニュース」の進行キャスターなどの番組の出演していました。その後はドイツで渡り原口選手のサポートをしています。

2人の交際に至るまでのエピソードも運命的なものだったようです。

2人は2011年に共通の知人を介して出会ったが、半年以上は友人関係だった。原口が、翌12年2月に行われたロンドン五輪予選のマレーシア戦前日に「明日の試合でゴールを決めたら付き合ってほしい」と猛アタック。予告通りにシュートを決め、晴れて恋人になった。

引用:サンスポ

原口選手のドイツでの活躍はルリコさんの存在が多きく影響していることがわかりました。

原口元気選手の父親は?

原口選手のお父さんは原口一(はじめ)さんです。

株式会社FIELDの代表取締役社長であり、筑波大学の非常勤講師も務めています。

中小企業診断士の資格も持っているとの情報もありました。

また、お父さんもサッカーの経験があり、ロシアワールドカップも現地で観戦したエピソードを語っているインタビューがあります。

「もちろんスタジアムで見ました。前半の0-0はプラン通りで『後半勝負だ』と思ったら、開始早々の3分に元気の先制点が生まれた。実は私の好きなゴールじゃなかったんです(苦笑)。柴崎岳選手(レガネス)のタテパスを受けた瞬間、CBの前に体を入れて(相手GKと)1対1になって流し込む形が頭に浮かびましたからね。それなのに本人は止まってフェイクを入れたじゃないですか。『バカやろう、おまえ』と思ったら『あれ、入った』という感じでした(笑)」

引用:日刊現代DIGITAL

原口元気選手の母親は?

原口選手のお父さんは原口玲子(れいこ)さんです。

夫も一さんが経営する動物病院の院長を務めています。

玲子さんはインタビューで原口選手の幼少期のエピソードを次のように語っています。

「名前のとおり、元気でやんちゃでした(笑)。江南南サッカー少年団(埼玉県)に入っていたのですが、週に3回は練習で土日は試合。上の学年のチームでプレーすることも多くて、3年生のときに6年生のチームに入ったりしてました。ピッチに立てば、先輩でも関係なく呼び捨てにするし、ボールをこっちに出せって主張したり。でも、元気には小さい頃から海外でサッカーをやりたいという思いがあったので『そういうのはやめなさい』とは、一切言わなかったですね。海外でプレーするなら、自分で主張しないとやっていけないと思ってましたし、おとなしくしてるとボールもこないですから。元気の性格も考えて、海外に行きたいというなら、行ったほうがいいなって思ってました」

引用:スポーツキッズ子育て応援メディア サカママ

子供のころからに親子で海外でのプレーを意識していたことが、現在のドイツでの活躍に繋がっているのではないでしょうか。

原口元気選手の兄弟は?

原口選手の兄弟は4歳上のお兄さんと、3歳下の妹さんがいます。

お兄さんの名前は原口嵩玄(しゅうと)さんです。海上自衛隊のパイロットを務めています。

お兄さんが原口選手とのエピソードをインタビューで答えてましたので紹介します。

弟にとって最初のライバルは私だったと思います。私が小学生低学年で、弟が幼稚園児の頃、週末は父にグラウンドに連れていかれ、サッカーを一日中していました。ミニゲームやリフティングで勝負をして私が勝つと、弟が号泣していたのを思い出します。もっとも、私がライバルだったのはごく短い期間でした。サッカーの才能はずばぬけ、将来はプロになるだろうと疑いなく思っていました。弟は「日本代表のキャプテンになって、W杯で優勝する」と言っていましたが、私はばかなことを言っているとは思いませんでした。

引用:東京中日スポーツ

幼少期に切磋琢磨したお兄さんがも、原口選手に活躍には欠かせない存在だったことが伺えます。

まとめ

原口選手の年俸や家族構成について紹介しました。

日本代表とドイツで活躍する原口選手の活躍にの裏には、奥さんや家族の存在があったことがわかりました。

試合に出れない時期や、怪我などで辛い時期もあったともいますが、年々進化してドイツで活躍を続けている原口選手に今後も注目していきたいと思います。

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